遊子と重なったため、行けなかった運動会ですが、写真をお願いしていたので、いただけたら記事書きますね。
さて、25日から公開中の映画「十三人の刺客」ですが、ご覧になった方いらっしゃいますか?
役所さんや松方さんなど、早々たるメンバーが集結し、とても豪華で格好いい映画っぽいので、大注目なのですが、この公式HPのストーリー解説の中に、「モデルとなった史実」というのがありまして、あれってあれ?って内容なんです。
引用開始---------------------
【モデルとなった史実】
映画「十三人の刺客」のモデルとなったとされる事件が、松浦静山の「甲子夜話」に記されている。11代将軍・徳川家斉の25男で、明石藩第8代藩主・松平斉宣が参勤交代で尾張藩を通過中に、行列を横切った3歳の幼児に切り捨て御免を行って殺害してしまう。その処置に尾張藩は激怒し、御三家筆頭の面子にかけて今後は明石藩の領内の通行を断ると斉宣に伝えた。このため明石藩は行列を立てず、藩士たちは農民や町民に変装して尾張藩内を通行したという。
-------------------------引用終了
あい。盆踊りのくどき「明石騒動」のことですよね?
そっか、これって「甲子夜話」の一つにあったんですなぁ。
読んでみたいけど、長そう・・・。
何はともあれ、プチ情報でした。
十三人の刺客HP
2010年9月28日火曜日
2010年7月22日木曜日
お米からパンができる炊飯器
下がしめやかな記事なので、お通夜のお線香番をご一緒してくださった方と、Tよ島さんとで盛り上がったお話など。
岩松のどぶろく「なっそ」にも記事が出ていたので、ご存知の方も多いと思いますが、SANYOさんから、お米からパンができる「GOPAN」が開発され、秋ごろかな、発売されます。
公民館ブログや、虹つーブログと違い、このブログ、国の職員の方の参照率が高いので、あえて、記事に。
こういうとこに目をつけた技術者の皆さんに素直にエールを送りたい。日本の技術は素晴らしいぞーっ!と、大盛り上がりでした(注・だからお通夜ですってば。)
ライスブレッドクッカー「GOPAN」公式HP
これマジで欲しいなぁ・・・。もうちょっと安くならないかなぁ・・・。お米消費あがるといいなぁ。
岩松のどぶろく「なっそ」にも記事が出ていたので、ご存知の方も多いと思いますが、SANYOさんから、お米からパンができる「GOPAN」が開発され、秋ごろかな、発売されます。
公民館ブログや、虹つーブログと違い、このブログ、国の職員の方の参照率が高いので、あえて、記事に。
こういうとこに目をつけた技術者の皆さんに素直にエールを送りたい。日本の技術は素晴らしいぞーっ!と、大盛り上がりでした(注・だからお通夜ですってば。)
ライスブレッドクッカー「GOPAN」公式HP
これマジで欲しいなぁ・・・。もうちょっと安くならないかなぁ・・・。お米消費あがるといいなぁ。
2010年1月2日土曜日
みたび徳野先生やってきた!
今年もお正月に来ていただいてしまいました・・・。
お正月なら、きっとみんな帰ってきてるに違いないから、重たい話題をずんどこやっちゃうぞ作戦実行です。
自分が先生をお迎えにいってる間に、ビデオ見てもらったり、書初めしてもらったりとすごしておられたそうなのですが、不思議な書きぞめがあったり・・・。
なんか正月早々、鹿一頭解体(昨日の記事をどうぞ)したらしいので、何か、みんな心がゆれていたのかしら・・・特にS田さん。○△□って、一体・・・。
そんなわけで、本題から横にそれては戻りそれては戻りを繰り返しつつ、本題。
お正月なら、きっとみんな帰ってきてるに違いないから、重たい話題をずんどこやっちゃうぞ作戦実行です。
自分が先生をお迎えにいってる間に、ビデオ見てもらったり、書初めしてもらったりとすごしておられたそうなのですが、不思議な書きぞめがあったり・・・。
なんか正月早々、鹿一頭解体(昨日の記事をどうぞ)したらしいので、何か、みんな心がゆれていたのかしら・・・特にS田さん。○△□って、一体・・・。
そんなわけで、本題から横にそれては戻りそれては戻りを繰り返しつつ、本題。大平を出た皆さんも、等しく大平のこと大好きで思いいれもおありなんやぁってとこも確認できたし、たちまちやっとくといい作業もわかったしで、今年もぼちぼちやっていきたいと思います。
2009年12月31日木曜日
押し迫りました大平です
2009年12月10日木曜日
2009年12月5日土曜日
大野教授のお話
行ってきました聖カタリナ大学。
宇和島は早めに出たのですが、寄り道して行ったので、結局時間ぎりぎりに。
っていうか、聖カタリナ大学初めて行ったんですけど、学校見えてるのにどこから入ればいいのかわからず、右往左往してしまいました。
そんなわけで、会場。みっちり学生さんで詰まってました。一般の方もちらほらいらっしゃっていて、自分以外にも宇和島から来られていた方がいたみたいです。
で、お話の内容はというと、非常にベーシックな内容でした。
なかでも「予防行政」と「後追い行政」いうことを言われていまして、このケースで言うと、「準限界集落の間に、行政はなんらかの手をうつべきである」と言ったお話で、行政の施策は、何事も後追いになりがちで、後になればなるほど、コストがかかると「予防医療」とかと同じ概念だと思うのですが、まぁ、ごもっとも。
あとは、「草の根からの政策提案」が必要で、日本のシステムは、国→県→自治体→住民という形で、何事も上から降りてきていたが、今後は、草の根から政策をどんどん提案していくことが大事とのこと。
それから、自分も常々考えてたことなんですけど、「コンパクトシティという構想自体には、まったく否はないが、その周りの山や川は誰が守るのか、どんなに発展が遅くとも、ともに豊かになることができないのだろうか」と言ったお話をされていて、ほんとこの通りなんですよねー。「ともに豊かに」というのが、一番理想なんですけど、それにはやはり相互理解が必要なんだよなぁ。
うーん・・・と、まぁ、いろいろ考えさせられた講演でした。
最後の質問で、愛大の大学院の男の子から、
「都市住民という立場で、何かできることはないのだろうか」
という質問が出たのですが、
先生からは、
「内なる目と外なる目が必要で、現地に足を運ぶことが大事」
という回答でした。
基本が大事ってことですなぁ。
基本基本
宇和島は早めに出たのですが、寄り道して行ったので、結局時間ぎりぎりに。
っていうか、聖カタリナ大学初めて行ったんですけど、学校見えてるのにどこから入ればいいのかわからず、右往左往してしまいました。
そんなわけで、会場。みっちり学生さんで詰まってました。一般の方もちらほらいらっしゃっていて、自分以外にも宇和島から来られていた方がいたみたいです。
で、お話の内容はというと、非常にベーシックな内容でした。なかでも「予防行政」と「後追い行政」いうことを言われていまして、このケースで言うと、「準限界集落の間に、行政はなんらかの手をうつべきである」と言ったお話で、行政の施策は、何事も後追いになりがちで、後になればなるほど、コストがかかると「予防医療」とかと同じ概念だと思うのですが、まぁ、ごもっとも。
あとは、「草の根からの政策提案」が必要で、日本のシステムは、国→県→自治体→住民という形で、何事も上から降りてきていたが、今後は、草の根から政策をどんどん提案していくことが大事とのこと。
それから、自分も常々考えてたことなんですけど、「コンパクトシティという構想自体には、まったく否はないが、その周りの山や川は誰が守るのか、どんなに発展が遅くとも、ともに豊かになることができないのだろうか」と言ったお話をされていて、ほんとこの通りなんですよねー。「ともに豊かに」というのが、一番理想なんですけど、それにはやはり相互理解が必要なんだよなぁ。
うーん・・・と、まぁ、いろいろ考えさせられた講演でした。
最後の質問で、愛大の大学院の男の子から、
「都市住民という立場で、何かできることはないのだろうか」
という質問が出たのですが、
先生からは、
「内なる目と外なる目が必要で、現地に足を運ぶことが大事」
という回答でした。
基本が大事ってことですなぁ。
基本基本
2009年12月4日金曜日
大野教授の講演があります
2009年12月1日火曜日
越後湯沢にて
大平の通称すぱい衛星交信あんてな(笑)の関係で、衛星ブロードバンド普及推進協議会さんにお招きいただきまして、シンポジウムに参加させていただくことになりました。
お出かけの朝は、とてもいい天気で、松山東京間の飛行中、富士山が見えて大感激♪
ああ、生でお届けできないのが残念です・・・。ほんとに綺麗かったです~。なんとも縁起がよくてうれしいなぁ。
東京に近づく頃には、こんな風車の下に見えてきて、高いとこ大好きな自分としては、すごく楽しい飛行時間でした。
お出かけの朝は、とてもいい天気で、松山東京間の飛行中、富士山が見えて大感激♪
その後、新幹線に乗り、やってきました湯沢町!
ゆきんこなお人形さんが、なんともかわいい♪
むむ。なかなかのおいしさでした!でも、東日本らしく味こかった・・・。
そうだ!越後湯沢といえば、天地人もですが、「雪国」!!トンネル抜けても残念ながら雪はなかったんですが、ちゃんと文学散歩道というのがあるそうです。
地元自治体の皆さんのごあいさつなどの後、本番です。
あんたよく写真とってる余裕ありますねってとこなんですが、私としたことが、自分の写真頼み忘れてたあたり、やっぱりかなり緊張してました。
それぞれの立場からの事例が発表され意見交換をしたのですが、やっぱり技術者の方の割合が高くて、やや・・・というか、かなり浮いてた自分。でも、会場の皆さんに暖かく見守っていただき、無事発表を終えることができました。ちなみに、向こう側で、スクリーンを見ているのが、大平に設置しているあんてなの「IPSTAR」T支店長さんです。
会場には、いつもにこにこ気は優しくて力持ち系の㈱シーオーテックK社長も来られていて、心強かったです。なんと、T支店長さんとK社長さんのはからいで、大平のあんてなについては、試験設置期間を延長いただけることとなり、丸太小屋ができるまでの間、料金がかからないままで、支援をしていただけることになりました。感涙。
ご自分も田舎の出だそうで、とても紳士的な人のよさそうな御仁でした。
その後の懇親会でも、いろんな方からあたたかくお声かけいただき、宇和島についても知っていただくことができました。
皆さん、ほんとにありがとうございました。得がたい機会を与えていただき、すごく楽しかったです。
2009年11月27日金曜日
2009年10月25日日曜日
伝統的建造物群のお勉強
どっちかというと、虹色つーブログネタなのですが、「岩松」関連ネタなので、こっちに。
超濃いいシンポジウムの翌日、佐賀まで足をのばしました。写真は太良町。月の引力が見えるんだそうです。有明海の干満の差を通して間接的に月の引力を感じることができるという意味なんだそうで・・・うーむ。
やってきたのは、「酒蔵通り」こと「浜中町八本木宿伝統的建造物群保存地区」。肥前浜宿です。
いかにも酒文化の町だなぁと思っていたのですが
帰って写真見るまで、ぜんぜん気がつかなかったけど
パーツパーツに、なんかいちいち既視感ありません?
ところどころ微妙に違いはあるんですけど
さすがに町並み全体見ると、異様に空がきれいなので、電線がないことから別の場所ってわかるんですが、あれ岩松?って感じなんですよね。
ただ、岩松と比べると、水路は、格段に美しかったです。お酒を造っているから、水はにごらないように住人の方みんな気をつけているそうで、おっちゃんが、水草をせっせと抜いておられました。
現地にいるときは、ほんとそうも思わなかったんですけど、帰って写真見てると、似たような建物がたくさんありまして、うーん、岩松も早く伝建の指定にならないかなぁ・・・。
こちらは鬼瓦。江戸時代は、宿場町として栄えていたそうで、町を構成するいろいろな生業があったんだろうなぁ。
あ、これ、西村さんちの酒蔵にもくっついてた奴だ。
このあたりの横っちょもなんか似てるし・・・。
こちらは「継場」の中です。江戸時代の建物ということで、二階とか結構背が低かったです。元祖船底天井もありました。正統派ですなぁ。岩松のは曲がってますもん。
ちなみに、縄でひっぱっる造りなんだそうで、屋根裏を見ることもできました。
こちらは板金屋さん。店主さんが、ちょうど展示会で作品ごとおでかけとのことでしたが、見事な腕前で精緻な細工がされてました。
なんとなく全体的に、木造家屋の背が高い気がしました。宇和島だと、お殿様んとこより高くしちゃ駄目ってのがあったみたいなのですが、あんまりそういうことなかったのかな。それとも南の人だから体がおっきいからなのかな??
こちらが裏手の川です。
どこかで見たような松も。
実はこの地域もう一個保存地区がありまして「浜庄津町浜金屋町伝統的建造物群保存地区」といいます。茅葺町屋の町並みなのですが、ちょぅど修築している最中でした。
超濃いいシンポジウムの翌日、佐賀まで足をのばしました。写真は太良町。月の引力が見えるんだそうです。有明海の干満の差を通して間接的に月の引力を感じることができるという意味なんだそうで・・・うーむ。
やってきたのは、「酒蔵通り」こと「浜中町八本木宿伝統的建造物群保存地区」。肥前浜宿です。
いかにも酒文化の町だなぁと思っていたのですが
帰って写真見るまで、ぜんぜん気がつかなかったけど
パーツパーツに、なんかいちいち既視感ありません?
ところどころ微妙に違いはあるんですけど
さすがに町並み全体見ると、異様に空がきれいなので、電線がないことから別の場所ってわかるんですが、あれ岩松?って感じなんですよね。
ただ、岩松と比べると、水路は、格段に美しかったです。お酒を造っているから、水はにごらないように住人の方みんな気をつけているそうで、おっちゃんが、水草をせっせと抜いておられました。
現地にいるときは、ほんとそうも思わなかったんですけど、帰って写真見てると、似たような建物がたくさんありまして、うーん、岩松も早く伝建の指定にならないかなぁ・・・。
こちらは鬼瓦。江戸時代は、宿場町として栄えていたそうで、町を構成するいろいろな生業があったんだろうなぁ。
あ、これ、西村さんちの酒蔵にもくっついてた奴だ。
このあたりの横っちょもなんか似てるし・・・。
こちらは「継場」の中です。江戸時代の建物ということで、二階とか結構背が低かったです。元祖船底天井もありました。正統派ですなぁ。岩松のは曲がってますもん。
ちなみに、縄でひっぱっる造りなんだそうで、屋根裏を見ることもできました。
こちらは板金屋さん。店主さんが、ちょうど展示会で作品ごとおでかけとのことでしたが、見事な腕前で精緻な細工がされてました。
なんとなく全体的に、木造家屋の背が高い気がしました。宇和島だと、お殿様んとこより高くしちゃ駄目ってのがあったみたいなのですが、あんまりそういうことなかったのかな。それとも南の人だから体がおっきいからなのかな??
こちらが裏手の川です。
どこかで見たような松も。
実はこの地域もう一個保存地区がありまして「浜庄津町浜金屋町伝統的建造物群保存地区」といいます。茅葺町屋の町並みなのですが、ちょぅど修築している最中でした。住人の方も、ええんかいなってくらい、気さくに人懐っこく話しかけていただいて、なんとも親しみを覚える町でした。
でも
「うちはまだまだだよー」
って、住民の方言われてましたが、えー、ずいぶんすすんでるじゃんって思ったんだけどなぁ・・・。
つくづく町並みというものは、保存しようと思わない限り残らないものだとしみじみすると共に、保存しようとすることは、とても大変な作業だともあらためて感じた旅でした。
しかし、なかなかの移動距離で、帰宅するとやっぱりばったんきゅー。
しかし、なかなかの移動距離で、帰宅するとやっぱりばったんきゅー。
宇和島の素敵な町並み「岩松」では、11月22日に「岩松どぶろく横丁の秋祭り」が実施予定です。町並み散策の会もありますので、地元の町並みにもぜひ関心を持ってきてくださるとうれしいです。
2009年10月24日土曜日
食・農・ムラが出会い動く!れぽーと
というわけで、行ってきました。
今回は、年少組と一緒です。
深夜出発というこで、一人はなぜかパイロット、一人はなぜか暴走族な感じに見えるかもしれませんが気のせいだと思ってください。二人とも多分好青年です。

5時起床で移動です。
眠い目をこすりこすりやってきました福岡国際会議場。でかっ!

特産品市場も出店がありました。さすがにお野菜とか買って帰ることはできないかったんですが、すごく美味しそうに見えました。きっと美味しいはず・・・ちょっとくやしい。
しかし、この皆さん、朝っぱらから、えっらいテンションでして。多分、前日の徳野先生の口演会から泊まられているはずなので、かなり睡眠不足だったんじゃないかと思いますが、元気やわぁ・・・。
<導入>
前夜祭の生前葬のお話から始まり、徳野教授の講演では定番であるいくつかの質問を軸に展開されてました。
1 米とパンはどちらが好きか?
→パンは食べ物だが、「米」は食べ物ではない。食べ物は「ごはん」。
米とごはんの区別がつかないのが、現在の「食」の状況
2 茶碗一杯のご飯の価格がいくらか知っているか?
安すぎて、みんな知らない。60グラム換算で、「めし(食卓のご飯)」は、およそ25から30円、「おにぎり(コンビニ販売)」は、105円、「ライス(レストランのメニュー)は、250円。これだけ価格が変わっても、農家の元に入るのは、12円。こんな安い価格で、農業者が食べていけるはずはない。

<和食とは>
カレーライスと天ぷらうどんを比較すれば、「和食」のうどんを食べる人が大半であろう。しかし、うどんは「外材和食」。見た目は「和食」であっても、天ぷらうどんは下手したら自給率はゼロパーセント。
反面、カレーライスは、野菜がたくさん使われている。米、じゃがいも、たまねぎ、肉は、日本のものがたくさん使われている。自給率で言えば、単純に和食、洋食という区別があてはまらない。
<限界集落と地域づくり>
限界集落と言われているが、農村はそんなに簡単に壊れるものではない。昔から存在している「小字」集落が消滅した実態はない。現在までに消滅した集落は、満州移民からの緊急避難民や、炭鉱、発電所など資本主義が入って出て行ったものなど。日本では有史以来、人口が減少する自体に、今初めて直面している。人口が消滅することを前提にした地域づくりを考える必要がある。
まだ聞き足りない感じであっという間にお昼に。お昼のお弁当は、あいがも弁当。美味でした・・・。
うれしそうな年少組。
昼からは、徳野先生と実践者とのトークセッション。
『農』14時から15時20分
農民作家 山下惣一氏・きのこの里 水落重喜氏・合鴨農家 古野隆雄氏・漆作人塾 門田信一氏
古野氏:
流通も仕事としてすることにした。農業はとてもおもしろく、自分の仕事をおもしろくするのは自分。良い消費者と結びつくためには、まず、少数でいいから「わかる人」と結びつく。直接配達することで、その農産物のことを教えることもでき、信頼が深まる。「売れない」のではなく「売る努力」をする。スローライフとよく言われているが、スローライフは忙しい。提携とは、人と人との結びつき。決して、金とモノの結びつきではない。
水落氏:
古野さんや八尋さんは、一戸の農家としては常識を超える努力をして、経営を行っているが、普通の地域の中に、そんなマルチ人間がいるケースの方が少ない。しかも、一人が何かをやろうとすると、ムラではなかなかできない。それなら、一人がやるのではなく、時間をかけてでも、地域の人たちと地域の中で農業をやれるのが楽しいのではないかとはじめた。確かに役割分担で仕事をするのは難しいし、共同経営は失敗も多い。しかし、若いもんや女性の法人は成功する。
門田氏:
百姓をしながら主夫業。新規就農をしたいと思い立ったものの、技術もなければ金もない。たまたま女房が安定した仕事をしていたので、家計の大半を支え、自分が子育ての役割を持つことにした。地域のつきあいも含めてのことなので、いろいろ忙しい。今は朝市をいわゆる「寄り合い場」としてはじめた。その傍ら、新規就農希望者たちのネットワークづくりを支援している。
パートナーを含めてひとつの家族として自立していければいいと思う。
山下氏:
農業は地形や風土でやるもの。自分の場合も、玄界灘に面した地形からどうやって生きていくかを考えざるをえなかった。自分が大きくなるということは、人を犠牲にすることなのだと実感した出来事があり、であるなら小さいままでやれる方法はないのかと考えるようになった。
古野氏:
うちの研修生は有機をするが、技術の習得と同時に家族農業の暮らしをしてもらう。暮らしを学ばなければ農業はできないから。今の農業は持続ができないという問題が最大ではないか。
門田氏:
うちは、WWOOFを利用しているため、単に日本の農について知りたい外国人も多く、一概に就農を目的とした研修生ばかりではないが、2割は、本気の人間。新規就農の壁となるのはやはり機械や資機材そして販路。
山下氏:
「農業に明日はないが明後日はある」と言ったのは、自分の言葉ではなく井原豊さんの言葉。過去このまま行ったら農業がなくなると思ったことが二度ある。最初はバブルで二度目は小泉改革。二つともなくなったが、農業は残った。渋谷にはノギャルというものがあらわれているらしい。また、農家のこせがれネットワークというものもできているとのこと。そのインタビューの中で、こせがれの子が「われわれは、これまで友人から顔が見えないよう帽子をかぶって手伝いをしてきた。しかし今ようやく胸をはることができる。」と話していた。
「あさって」は来ていると思う。
『ムラ』午後3時半から4時半
逆手塾 和田 芳治氏・九州のムラ 養父 信夫氏・山のもの書き 吉井 惠璃子氏
吉井氏:
私がいるのは、水俣市の東側の超山の中。少子高齢化の道をつっぱしっている。
田舎の人はとかく「あれもなかこれもなか、何もなか、おもしろもなか」と言っては、自信がないが、あるもの探しをはじめたら、意外にもたくさんのものがあり、「村丸ごと博物館」という試みをはじめた。地域に人がやってくることで、ムラがちょっと活気づいてきた。赤ちゃんからじじばばまで元気で明るく生活できる集落を目指したい。
和田氏:
過疎を逆手にとる方法10か条を掲げ、過疎はすばらしいと思い込み、それを使って輝いてみせる。貫き通すことが大事。子供をつれた若夫婦を連れ込むのが集落が元気になる秘訣。Iターン者のことは自分に聞け。まったくの他人が、おもしろそうに幸せに生活している姿を他出者に見せ付けることで、他出者が帰ってくる可能性もできる。過疎地に住んでいるものがそれを食い物にして何が悪い。草や山を食い物にしたから里山ができた。あるものを探して磨くことが大事。
養父氏:
自分は農家を取材し、農家のことを取り上げる雑誌を作っていたが、農家の人が読んでも他の人はなんじゃらほい。こんなことではダメだと、消費者が読む雑誌に変えることにした。そして、「ムラ市場」を企画したり、トヨタに依頼し「GAZOO」を作り、今はやっぱり流通が大事ということで、いろいろやっている。何も農業をすることだけが、田舎の仕事じゃない。都市を相手にするには、都市部の視点が必要。「つなぎ役」という仕事だったらできるしてみたいという若者は多い。
まとめ
<アクションプランの提示>
① みなさんへ
メシの値段を国民がきちんと確認する運動
② 消費者へ
安心安全の農作物を探す前に信頼できる農家を探してください。
③ 農家へ
行政やアカの他人に期待するよりも、他出子など家族の機能を活用してください。
④ 若い人たちへ
新規就農したいのなら、農家へ行ってください。行政機関には行かないでください。
⑤ 食・農・ムラ実行委員会
これからもしぶとくこういう活動をしていきたいと思ってます。

「暮らしから見た食・農・ムラ」
<導入>
前夜祭の生前葬のお話から始まり、徳野教授の講演では定番であるいくつかの質問を軸に展開されてました。
1 米とパンはどちらが好きか?
→パンは食べ物だが、「米」は食べ物ではない。食べ物は「ごはん」。
米とごはんの区別がつかないのが、現在の「食」の状況
2 茶碗一杯のご飯の価格がいくらか知っているか?
安すぎて、みんな知らない。60グラム換算で、「めし(食卓のご飯)」は、およそ25から30円、「おにぎり(コンビニ販売)」は、105円、「ライス(レストランのメニュー)は、250円。これだけ価格が変わっても、農家の元に入るのは、12円。こんな安い価格で、農業者が食べていけるはずはない。

<日本の農業問題>
大きくわけて二つだけ。作る人がいないという農業者側の問題と、消費者の問題。
大きくわけて二つだけ。作る人がいないという農業者側の問題と、消費者の問題。
農業は変わっていないが、人と暮らしが変わってきただけ。年間医者になる人間は、8千人いるが、農業者になる人間は、2千人。日本の暮らしは、雨の名前にはじまって、算数、家族の形態、法律、暮らしのバックボーンの90パーセントは農業から生まれている。
政権が変化し、どんな仕組みが生まれたとしても、農業をやるのは人間であることにかわりはない。現在良い仕組みができたとしても、人間は年をとり、10年後に同じことができるわけではない。
日本の世帯は1人暮らしが32パーセント、二人暮しが25パーセント。あわせて半数を占める。こんな家族構成の中では、ご飯を炊くことも少ない。
コーラとポテトチップスだけでも栄養は偏るがカロリーは、十分で生きていける。米を食べない人間、食事をとらない人間が増えたのは、一緒に食事をする人がいないから。
日本の世帯は1人暮らしが32パーセント、二人暮しが25パーセント。あわせて半数を占める。こんな家族構成の中では、ご飯を炊くことも少ない。
コーラとポテトチップスだけでも栄養は偏るがカロリーは、十分で生きていける。米を食べない人間、食事をとらない人間が増えたのは、一緒に食事をする人がいないから。
<和食とは>カレーライスと天ぷらうどんを比較すれば、「和食」のうどんを食べる人が大半であろう。しかし、うどんは「外材和食」。見た目は「和食」であっても、天ぷらうどんは下手したら自給率はゼロパーセント。
反面、カレーライスは、野菜がたくさん使われている。米、じゃがいも、たまねぎ、肉は、日本のものがたくさん使われている。自給率で言えば、単純に和食、洋食という区別があてはまらない。
<限界集落と地域づくり>限界集落と言われているが、農村はそんなに簡単に壊れるものではない。昔から存在している「小字」集落が消滅した実態はない。現在までに消滅した集落は、満州移民からの緊急避難民や、炭鉱、発電所など資本主義が入って出て行ったものなど。日本では有史以来、人口が減少する自体に、今初めて直面している。人口が消滅することを前提にした地域づくりを考える必要がある。
まだ聞き足りない感じであっという間にお昼に。お昼のお弁当は、あいがも弁当。美味でした・・・。
うれしそうな年少組。
昼からは、徳野先生と実践者とのトークセッション。 そもそも今回のパネラーの皆さん、誰でも3時間くらいは、しゃべれるネタたっぷりのばりばりの実践者です。すごく濃厚なお話たくさんいただいたのですが、徳野先生の質問ははしょってポイントだけ。
手元のメモから起こしているのと、それをさらに前後はしょっているので、何か解釈が違っていることとかあると思います。あくまで「こんな感じ」風に読んでいただければ。
第2部 連続シンポジウム
「一線を越えた実践者たち」
『食』13時から14時
西日本新聞 佐藤 弘氏・むすび庵 八尋 幸隆氏・ぶどうの樹 小役丸 秀一氏
佐藤氏:
新聞が地方を向いていないのではないかと「食卓の向こう側」を連載。
「食卓」側からその向こう側を見ることで、暮らしを大事にしてほしいと考えた。
生きることは経験の積み重ね。「弁当の日」の普及で、子供たちが弁当を作ることでの気付きやモノを通してその向こう側を見ることで、生きる力をつけることが教育では。
小役丸氏:
元々うちは父が農家母が旅館をしていて、両方とも経営が芳しくなかった。税金が払える農業をしようと思ったのがきっかけで結婚式をやることに。生産・加工・販売・サービスを一環して行う六次産業は、気がつけば、農業者ではなくレストラン屋や加工屋になっているケースがあり、できれば地域で行うのが理想ではないか。
八尋氏:
消費者にとっては、モノがありあまっているこんな世の中では、病気になるか天変地異でモノがなくなるか、価値観が転換しない限りは、本来の意味で農の価値を理解してもらうことは難しい。百姓は、何もないところからでもモノを作り出すことができるもの。それは技術的なことを教わるだけでは身につかない。「食の安全」や「食育」を考えたいなら、お百姓さんと仲良くなるのが一番。
「一線を越えた実践者たち」
『食』13時から14時
西日本新聞 佐藤 弘氏・むすび庵 八尋 幸隆氏・ぶどうの樹 小役丸 秀一氏
佐藤氏:
新聞が地方を向いていないのではないかと「食卓の向こう側」を連載。
「食卓」側からその向こう側を見ることで、暮らしを大事にしてほしいと考えた。
生きることは経験の積み重ね。「弁当の日」の普及で、子供たちが弁当を作ることでの気付きやモノを通してその向こう側を見ることで、生きる力をつけることが教育では。
小役丸氏:
元々うちは父が農家母が旅館をしていて、両方とも経営が芳しくなかった。税金が払える農業をしようと思ったのがきっかけで結婚式をやることに。生産・加工・販売・サービスを一環して行う六次産業は、気がつけば、農業者ではなくレストラン屋や加工屋になっているケースがあり、できれば地域で行うのが理想ではないか。
八尋氏:消費者にとっては、モノがありあまっているこんな世の中では、病気になるか天変地異でモノがなくなるか、価値観が転換しない限りは、本来の意味で農の価値を理解してもらうことは難しい。百姓は、何もないところからでもモノを作り出すことができるもの。それは技術的なことを教わるだけでは身につかない。「食の安全」や「食育」を考えたいなら、お百姓さんと仲良くなるのが一番。
『農』14時から15時20分農民作家 山下惣一氏・きのこの里 水落重喜氏・合鴨農家 古野隆雄氏・漆作人塾 門田信一氏
古野氏:
流通も仕事としてすることにした。農業はとてもおもしろく、自分の仕事をおもしろくするのは自分。良い消費者と結びつくためには、まず、少数でいいから「わかる人」と結びつく。直接配達することで、その農産物のことを教えることもでき、信頼が深まる。「売れない」のではなく「売る努力」をする。スローライフとよく言われているが、スローライフは忙しい。提携とは、人と人との結びつき。決して、金とモノの結びつきではない。
水落氏:
古野さんや八尋さんは、一戸の農家としては常識を超える努力をして、経営を行っているが、普通の地域の中に、そんなマルチ人間がいるケースの方が少ない。しかも、一人が何かをやろうとすると、ムラではなかなかできない。それなら、一人がやるのではなく、時間をかけてでも、地域の人たちと地域の中で農業をやれるのが楽しいのではないかとはじめた。確かに役割分担で仕事をするのは難しいし、共同経営は失敗も多い。しかし、若いもんや女性の法人は成功する。
門田氏:
百姓をしながら主夫業。新規就農をしたいと思い立ったものの、技術もなければ金もない。たまたま女房が安定した仕事をしていたので、家計の大半を支え、自分が子育ての役割を持つことにした。地域のつきあいも含めてのことなので、いろいろ忙しい。今は朝市をいわゆる「寄り合い場」としてはじめた。その傍ら、新規就農希望者たちのネットワークづくりを支援している。
パートナーを含めてひとつの家族として自立していければいいと思う。
山下氏:
農業は地形や風土でやるもの。自分の場合も、玄界灘に面した地形からどうやって生きていくかを考えざるをえなかった。自分が大きくなるということは、人を犠牲にすることなのだと実感した出来事があり、であるなら小さいままでやれる方法はないのかと考えるようになった。
古野氏:
うちの研修生は有機をするが、技術の習得と同時に家族農業の暮らしをしてもらう。暮らしを学ばなければ農業はできないから。今の農業は持続ができないという問題が最大ではないか。
水落氏:
うちには「なるほど」といえる「農業者」がいない。経済性だけではなくそういった人材を育てることが大事。
うちには「なるほど」といえる「農業者」がいない。経済性だけではなくそういった人材を育てることが大事。
門田氏:
うちは、WWOOFを利用しているため、単に日本の農について知りたい外国人も多く、一概に就農を目的とした研修生ばかりではないが、2割は、本気の人間。新規就農の壁となるのはやはり機械や資機材そして販路。
山下氏:
「農業に明日はないが明後日はある」と言ったのは、自分の言葉ではなく井原豊さんの言葉。過去このまま行ったら農業がなくなると思ったことが二度ある。最初はバブルで二度目は小泉改革。二つともなくなったが、農業は残った。渋谷にはノギャルというものがあらわれているらしい。また、農家のこせがれネットワークというものもできているとのこと。そのインタビューの中で、こせがれの子が「われわれは、これまで友人から顔が見えないよう帽子をかぶって手伝いをしてきた。しかし今ようやく胸をはることができる。」と話していた。
「あさって」は来ていると思う。
『ムラ』午後3時半から4時半逆手塾 和田 芳治氏・九州のムラ 養父 信夫氏・山のもの書き 吉井 惠璃子氏
吉井氏:
私がいるのは、水俣市の東側の超山の中。少子高齢化の道をつっぱしっている。
田舎の人はとかく「あれもなかこれもなか、何もなか、おもしろもなか」と言っては、自信がないが、あるもの探しをはじめたら、意外にもたくさんのものがあり、「村丸ごと博物館」という試みをはじめた。地域に人がやってくることで、ムラがちょっと活気づいてきた。赤ちゃんからじじばばまで元気で明るく生活できる集落を目指したい。
和田氏:
過疎を逆手にとる方法10か条を掲げ、過疎はすばらしいと思い込み、それを使って輝いてみせる。貫き通すことが大事。子供をつれた若夫婦を連れ込むのが集落が元気になる秘訣。Iターン者のことは自分に聞け。まったくの他人が、おもしろそうに幸せに生活している姿を他出者に見せ付けることで、他出者が帰ってくる可能性もできる。過疎地に住んでいるものがそれを食い物にして何が悪い。草や山を食い物にしたから里山ができた。あるものを探して磨くことが大事。
養父氏:
自分は農家を取材し、農家のことを取り上げる雑誌を作っていたが、農家の人が読んでも他の人はなんじゃらほい。こんなことではダメだと、消費者が読む雑誌に変えることにした。そして、「ムラ市場」を企画したり、トヨタに依頼し「GAZOO」を作り、今はやっぱり流通が大事ということで、いろいろやっている。何も農業をすることだけが、田舎の仕事じゃない。都市を相手にするには、都市部の視点が必要。「つなぎ役」という仕事だったらできるしてみたいという若者は多い。
まとめ<アクションプランの提示>
① みなさんへ
メシの値段を国民がきちんと確認する運動
② 消費者へ
安心安全の農作物を探す前に信頼できる農家を探してください。
③ 農家へ
行政やアカの他人に期待するよりも、他出子など家族の機能を活用してください。
④ 若い人たちへ
新規就農したいのなら、農家へ行ってください。行政機関には行かないでください。
⑤ 食・農・ムラ実行委員会
これからもしぶとくこういう活動をしていきたいと思ってます。

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